写真とは何か

技法追究とコミュニケーションを取るという2つの立場

 


 複雑な現実に対処するとき我々は物事を簡略化してみようとする。「ゾーンシステム」:参考画像1もそのうちのひとつである。ゾーンシステムは撮影から現像、プリントまでを一貫した露出補正・制御とみて10の明暗のゾーンに分け、プリントの最終段階までどう対応すれば良いかを示した※1。写真表現にどういう手段で、術で臨むかという認識を深めさせた。写真表現において写真技法もまた大切であることを明確に示した。アダムスの作例は添付に一例を示した。作例4は大型カメラで、つまり大きなサイズのフォーマットで、しかも絞り切って撮影されているので、極めてシャープな映像になっている。ゾーンシステムで現像されていると思われるので、シャドウからハイライトまでのバランスが良く、白から黒までの幅が広いと思われる。一本の木が雪に覆われているハイライトな情景が白トビすることなく、バランスよく表現されている。このような圧倒的な技法をもってして、観る者に訴えようとしている。ヨセミテ渓谷における自然保護の活動も歴史的に価値のあることとされる。音楽から転向した人でもあり、音楽的な基礎と感性を写真で活かした人でもある※2。華やかな音楽の世界と違い写真にはどこか落ち着いた静かな魅力がある。キャパも有名な写真家であり一例を添付に示した。作例1は小型の35mmカメラで、手持ちで撮られている。奥さんになるはずだった、ゲルタの写真である。親密な関係から蜜着取材の様な写真を撮っている。静かに寝ている場面から、少しユーモアや愛しさも交えているだろうか。画角は35mmから50mmくらいのレンズであろうか。作例2は作例1とは異なり普通の場面を普通のスナップ的な感覚で捉えている。一人の男の子が食事をしながらニコッと笑っている瞬間を捉えている。ちゃんと被写体である、恐らく初対面の男の子とコミュニケーションや関係性を取った上での撮影だと思われる。にこやかに映る笑顔から、信頼関係が構築出来ていると感じる。この写真は恐らく画角から50~90mmの標準レンズか中望遠ポートレートレンズで適切に寄って撮られている。作例3は標準的な50mmくらいの画角で撮影されている。フレーミングから切れている部分があるが表情はしっかり収められている。レンズの画角もどこまで寄って或いは引いて撮影したか、どうフレーミングしたかという絵作りに大きく影響する。それが、コミュニケーションの取り方にも影響すると考える。通常これらの写真は報道写真と分類されることが多いが、キャパはそうでない普通の生活の一コマや周囲の人たちの日常も写している。此処でも写真の役割の多義性が認められる。戦争の報道を通して真実を伝えながらも記憶や思い出といった役割をも大切にしていたことが推測される。そういう人間的な優しさを感じる写真を撮った人であると思う。それは見方を変えれば人を助けたいという思いではなかったか。デジタル時代に入ってきても同じことが言えると思う。例えばではあるがNPOやNGOの活動や発展途上国のツイートや投稿のシェアをすることは善意さえあれば簡単に出来る事ではないだろうか。勿論、技術力は2人ともある。作例1~3からは温かい眼差しが伝わってくる。構図力もある程度のレヴルが双方にあり、構図の善し悪しというよりも、それ以上に写真の内容が問題だと思う。対象としてアダムスは自然写真を主に撮っているが、今日では人工的な要素を含まない風景がなくなってきた消失してきたことを踏まえ、自然と人間とを完全に分けて考えることはニュートポグラフィック以降再考され、境界はなくなってきている※3。キャパにしてもアダムスにしても心から対峙できるものを撮っている。アダムスという人は大判のカメラで絞りきってシャープに収めようとする姿勢、キャパは35mmカメラを主に手持ちでハンディーに機動したいという姿勢がみられ、手段としてのカメラにはその写真家の個性が現れている。ソーシャルネットワーキングサービスが発達した今日、割と写真の光の芸術としての本質を考えることは難しく、しかし、写真で何かを伝えようとすればある程度容易に出来る時代であると思われる。写真史は写真家だけに閉じた狭い歴史では本来ない※4。写真の提示の仕方には様々なものがある。貼り合わせるコラージュ、デジタルでのアウトプット形式である動画(映画)やMV(ミュージックビデオ)、プレゼンとしてのポートフォリオ、絵の歴史から学ぶスティル・ライフなどである。写真には様々な表現のバリエーションがある。またSNSや美術館など様々な場がある。そういう多様さも頭の片隅に置いていた方がよい。それもまた写真の楽しさである。絵を参考にして発展し、独自の表現を求め、現代美術の中で確固たる位置を占める写真ならではの楽しさである。それは一言で言うと、写真によるコミュニケーションの取り方と言える:※A。よって上記の考察より、アダムスは技法的に技術を追究しマテリアルな関心に向かったのに対し、逆にキャパは人間性やコミュニケーションの方向へ向かったと言える。それはアダムスがコミュニケーションを拒んだというよりも、コミュニケーションの選び方やスタイル、背景や興味・関心の違いと思われる。※5

 ところでf/64グループに属したアダムスとマグナムに属したキャパのグループの性格からも、パーフェクトな技術をもってして撮影に臨むこと、一方でキャプションを自ら書き写真を選ぶという伝える側の自立性の大切さを見て取れる。人を助けたいという思いには必ず写真だけではなく医学の側面も必要になると考える。写真が写心だとすれば、それは心の医学であるとも言える。医学的な団体・グループといえば赤十字がある。自らの犠牲を恐れず、社会的な誤解や制裁を受けても立ち向かう姿勢は人を助けたいという時にモデルとなる考え方である※6。それはセンチメンタルな勇気を超えて本当の志であると思う。外科医が手術や予後に対してそうであるように※7、写真でいえば確かな技術をもってして撮影・制作に臨み、精神科医がそうであるように自らの方法や言葉(精神分析)をもってして人の苦悩に寄り添い危機を乗り越える姿勢が例えば必要であると思う。外科医がアダムス、精神科医がキャパとしたが、実際がそうでなかったとしても、それに近いものがあるのではないかと感じる。アダムスの写真に対する真摯な姿勢、キャパの戦場に身を置きながらの優しさに高い志を感じるのだ。キャパはゲルタという恋人を戦場で失ったが、悲しみを乗り越えて写真を撮った。必ずしも道徳的といえる人生ではなかったが、多くの人の心に残った※8。何処か犠牲を負いつつ死まで発信を続けた。

 作例1~3からも見られるように写真においてコミュニケーションの果たす役割は大きい。作例4から撮影・制作においてパーフェクトな技術を追究し、作例1~3から寄り添う優しさは、犠牲を払ってでも人を助けたいという医学に学ぶことができるのではないか。アダムスという人は、音楽を志しピアニストを目指していたが、過度の練習で体調を崩し、その療養を兼ねて退屈凌ぎに写真を始めた※9。だから元々ジャーナリズムをしようとか写真で何かを成そうとかいう目的ではなかった。何処か写真療法的な志向があったかも知れない。身近にあった自然が対象になった。政治を学んでいたキャパは、学業がお金の都合で出来なくなり、ジャーナリストになろうとした。ジャーナリストに一番近い仕事が写真家と考えた※10。なので対象も人間になるし、発信の仕方もジャーナリスティックな行き方になった。それを可能にするライカという小型カメラの開発も影響したはずである。アダムスの様に自然が対象物になると内容の面白さや表情というよりは、写真のインパクトに関心が向き、技法的な圧倒的な見せ方に向かうことになり易い。かつそれは写真療法的な癒しでもあると思われる。キャパの様に、人物が対象になると、政治的な思惑の中で訴えかける力や場面、表情に向かうことになったと思われる。写真という芸術は、関係性やコミュニケーションの芸術、同時にカメラというテクノロジーを使う技法的な側面がある。自然と人物、技法とコミュニケーション、f/64とマグナム、それぞれの背景の中でかなり異なった傾向と言えるが、どちらの写真家も写真を徹底的に追い求め、どちらの要素も写真の大切な要素と思われる。写真家にはどちらの要素も交ってその人の作品や生き方を形造っている。


作例1:ROBERT CAPA:Paris,France ca.1936

作例2:ROBERT CAPA:NearCanton, China 1938

作例3:ROBERT CAPA:Yaizu,Japan 1954

作例4:ANSEL ADAMS:OAKTREE SNOWSTORM YOSEMITE:1948

参考画像1:「写真 技法と表現」(京都芸術大学)よりゾーンシステムについて

 


参考文献および資料:


※1:「写真 技法と表現」(京都芸術大学)p122―127、平成16年

※2:「すぐわかる作家別写真の見かた」(東京美術)p110・111、平成17年

※3:授業「7つのキーワードから読み解く「写真史」」レポートより

※4:※3に同じ、タカザワケンジ先生、授業

※5:コミュニケーション学についてはYouTubeの桜美林大学の動画を参考にした。

※6:「医学の歴史」(原書房)ルチャーノ・ステルぺローネ、2009年

※7:「熱く生きる」(セブン&アイ)天野篤、2014年

※8:「ちょっとピンぼけ」(ダヴィッド社)ロバート・キャパ、1965年

※9:「写真110年史」(ダヴィッド社)田中雅夫、1970年

※10:「101年目のロバート・キャパ」(東京都写真美術館)2014年

※A:表現形式について:note.comにて掲載。

URL:https://www.lucanust-angle.netに掲載より。